頑張ったね
ちょっと休んでみようか
2009年3月
頑張ったね
2009年3月24日 15:27
神々に捧げよう
2009年3月17日 02:48
神々に捧げよう
自分のすべてを
神々に捧げよう
神々に委ねよう
自分のすべてを
神々に委ねよう
やがてくる不安は何もない
すぎさった後悔は何もない
自分のすべてを神々に捧げ
自分のすべてを神々に委ね
世界の一歩を祈り
宇宙の全てに願い
神々に捧げよう
自分のすべてを
神々に捧げよう
ありがとうパーティー
2009年3月13日 02:04
週末に楽しく過ごせる時間があればいいな、と思って「ありがとうパーティー」というのを考えました。
クリスタルボウルの演奏と、お茶とお菓子でのんびりほっこりできる時間を過ごしませんか?
SHIN(シン)の個人サロンで行いますので、定員は3名と少人数ですが、皆様と楽しく過ごせたら良いなと考えています。
未来を思い出す
2009年3月 6日 22:01
『未来を思い出す』
車いすの物理学者として有名なホーキング博士の言葉で、私の大好きな言葉の一つです。
以前彼の本で読んだのですが、どういう文脈でこの言葉が出てきたのかは、はっきり覚えていません。最初にこの言葉に出会ったときは、(過去ではなく)未来を「思い出す」という発想に大変驚きました。そして、私たちが「なぜ未来を思い出せないのか」を深く考えるようになりました。
考えれば考えるほど、過去と未来を区別する意味合いや、具体的な違いが曖昧になってきます。
過去も未来も「今、この瞬間」から見れば存在もしていないし、単なるイメージとも単なる想像とも言えます。
「過去」といわれるイメージの中には、「経験」という確かな(ように見える)実感があり、「未来」と呼ぶイメージの中には、「予感」という不確かな(ように見える)実感があります。この、同じような実感である「経験」と「予感」には、どうしてこうも確かさが違うのでしょうか。本当にはっきりとした確かさの違いがあるのでしょうか。
そうすると、だんだん区別することの無意味さみたいなものが感じられてきます。だんだん「本当は過去と未来に、区別なんて存在しないのではないだろうか。」と思えてきます。
そしてその先に、時間を超えた感覚が待っているような気がしてならないのです。