時の循環
時間のくりかえし
始まりのない過去から
終わりのない未来につづく
時間の循環のくりかえし
永遠のように続く時間が
大きく小さく繰り返す
毎日が毎瞬が
貴重な意味をもって巡り
回り繰り返す
地球のように
太陽のように
銀河のように
時間もまた
壮大な時の輪を回る
時間の循環
時のくりかえし
時の循環
時間のくりかえし
始まりのない過去から
終わりのない未来につづく
時間の循環のくりかえし
永遠のように続く時間が
大きく小さく繰り返す
毎日が毎瞬が
貴重な意味をもって巡り
回り繰り返す
地球のように
太陽のように
銀河のように
時間もまた
壮大な時の輪を回る
時間の循環
時のくりかえし
『未来を思い出す』
車いすの物理学者として有名なホーキング博士の言葉で、私の大好きな言葉の一つです。
以前彼の本で読んだのですが、どういう文脈でこの言葉が出てきたのかは、はっきり覚えていません。最初にこの言葉に出会ったときは、(過去ではなく)未来を「思い出す」という発想に大変驚きました。そして、私たちが「なぜ未来を思い出せないのか」を深く考えるようになりました。
考えれば考えるほど、過去と未来を区別する意味合いや、具体的な違いが曖昧になってきます。
過去も未来も「今、この瞬間」から見れば存在もしていないし、単なるイメージとも単なる想像とも言えます。
「過去」といわれるイメージの中には、「経験」という確かな(ように見える)実感があり、「未来」と呼ぶイメージの中には、「予感」という不確かな(ように見える)実感があります。この、同じような実感である「経験」と「予感」には、どうしてこうも確かさが違うのでしょうか。本当にはっきりとした確かさの違いがあるのでしょうか。
そうすると、だんだん区別することの無意味さみたいなものが感じられてきます。だんだん「本当は過去と未来に、区別なんて存在しないのではないだろうか。」と思えてきます。
そしてその先に、時間を超えた感覚が待っているような気がしてならないのです。
時々宇宙の大きさを考えてみることがあります。
そうするとだいたいめまい+恐怖に似た感覚が起こります。宇宙があまりに大きくて私の想像を遙かに超えてしまうからでしょうか。
やり方はこんな感じです。
自分の体から初めて、それをだんだん広げていきます。
部屋の大きさから東京→日本→地球と大きくなたところで、太陽と地球のサイズを比較します。
もうこのあたりで想像の限界がきます。自分の大きさとの比較ができなくなってしまいます。
ここから先は太陽系→銀河系→もっと大きな宇宙といきますが、現実感のないイメージだけがふくらんでいく感じです。テレビの科学番組でたまに宇宙の特集をやっていますが、その映像がうつろに繰り返されます。
宇宙はあまりに大きくて、私の想像力では計ることができません。
逆に自分の小ささにあきれ、些細なことに感情を波立てているのがバカらしくなってきます。
時々ではなくていつもそうなれば、もっと悠々と生きられるのでしょうね。
皆様が(私も含め)、少しずつでも宇宙とつながっていけますように。